「ジョン・レノン ラスト・インタビュー」 アンディー・ピープルズ/池澤夏樹訳
ジョン・レノンラスト・インタビュージョン・レノンラスト・インタビュー
(2001/11)
ジョン レノンJohn Lennon

詳細


ジョン・レノン、そしてオノ・ヨーコについてどれだけのことを知っているだろうか?

音楽から入り、ジョンの代表曲を知っている程度だった自分は、ジョン・レノンの死について調べていく中で、決して一面的ではなく、ユーモアにあふれ、ウィットに富んだジョンとヨーコの人となりを知り、また、真摯な社会的活動の軌跡を知るにつれ、今だに驚くことが多い。

二人へのインタビューを収めた当作品もそんな一冊だ。インタビューは1980年12月6日、ジョンが殺される2日前に行われた。

とにかく面白い。読んでいて、二人の人柄にどんどん惹きつけられて行く。特にジョンの会話からあふれ出す、その思考回路に触れるにつけ、自分の脳もどんどん活性化されていくのを感じた。

当インタービューの中で一番驚いた箇所は、楽曲「イマジン」 についてジョンが述べた以下の箇所。

あの歌は実際にはレノン/オノの作とすべきでさ、多くの部分が―歌詞もコンセプトも― ヨーコの方から出ているんだけど、あの頃ぼくはまだちょっと身勝手で、男性上位で、 彼女に負っているという点をオミットしちまったんだな。 でも本当にあれは彼女の 『グレープ・フルーツ』  という本から出ているんで、あれを想像せよ、これを想像せよというのは全部彼女の作であることをここにまことに遅ればせながら公表します。

オノ・ヨーコについて、誤解したまま悪く評している文章を見かける機会は少なくはないが、そんな評は、まるで何も理解していない子供のわがままと思えてならない。

尚、この本は、当ブログを介して、自分の音楽活動を応援して下さっている遠方の方からいただいた。その方は、自分がジョン・レノンについて長く書いていることを知っていて、郵送でプレゼントしてくれたのだ。あらためて感謝するとともに、センスのよさを感じずにはいられない。
ブログの持っている可能性、すごいね。

●ジョン・レノンに関する過去ログはこちら

追伸)
昨年12月8日に日本武道館で行われた Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ の模様は、lavender80さんのブログでレポされております。そちらも是非ご覧下さい。

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| ジョン・レノンが殺された意味 | 06:23 | トラックバック:0コメント:10
2007年12月8日の風景
このところ取りこみ中であったため、ライブレポがいくつかたまっているが、今日12月8日はジョン・レノンの命日のため、今日の風景を先にお伝えしたい。



地元さいたま新都心にはジョン・レノン・ミュージアムがある。今日、入り口にあたるさいたまスーパーアリーナ内のロビーに入ってみると、レノンの肖像に献花がされていた。



同じロビーでは、オノ・ヨーコが世界各国で展開している参加型アートイベント「ウィッシュ・ツリー」も行われていた。訪れた人はこの木に願い事を書いた短冊を結びつけ、集められたその「願い」や「夢」は、アイスランドの首都レイキャビックに完成した「イマジン・ピース・タワー」に永久保管されるという。

●リンク:John Lennon Museum|ジョン・レノン・ミュージアム




新都心のけやき広場では「LOVE&PEACEコンサート'07」が行われていた。「バラのまち中央区アートフェスタ」の一環ということだが、ここでいう中央区とは東京の中央区のことではなく、さいたま市の中央区のことを指している。もしかしたら自分は恵まれた地域に住んでいるのかもしれない。



けやき広場に立ち寄ったときにはちょうどジョン・レノンのカバーバンド、PLASTIC ODA BAND が演奏を行っていた。「スタンディング・オーバー」や「Power to the People」など、ノリのいいレノンのロックン・ロールを演奏していて、ロックのライブらしく、レノンが生前に行っていたライブのニュアンスが伝わってきたような気がした。もちろん生前のライブを生で観たことはないが・・・。

日本武道館ではジョン・レノン スーパー・ライブも行われている。忌野清志郎や奥田民生、吉井和哉らが出演し、オノ・ヨーコも参加している。

●リンク:Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ

亡くなってから二十数年経ち、いまだにその命日に彼を偲び、同じようなメッセージを絶やさず広げていこうというイベントがこの日本で行われているということは驚くべきことだと思う。もちろんオノ・ヨーコの力が大きいのは言うまでもないが、日本人も案外捨てたものではないのかもしれない。

それにしても留めておかなければならないことは、レノンが殺された同じ世界のなかで、現在の我々も生きているということだ。レノンは交通事故で偶発的に亡くなったのでもなく、熱狂的なファンによって殺されたわけでもない。その存在を抹殺したいという明確な意志の力によって暗殺されたのだ。我々は同じ世界の中で生きているということを留めておくべきだろう。

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| ジョン・レノンが殺された意味 | 18:18 | トラックバック:1コメント:8
別冊宝島編集部:編 『ライヴ・エイドの軌跡』
ライヴ・エイドの軌跡―80年代の音楽状況を検証する旅ライヴ・エイドの軌跡―80年代の音楽状況を検証する旅
(2004/12)
別冊宝島編集部

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1984年10月、エチオピア飢餓を伝えるテレビ番組をみて衝撃を受けたボブ・ゲルドフはすぐさま行動を起した。彼に賛同するミュージシャンたちによって、バンド・エイド~USA・フォー・アフリカ、そして1985年7月13日に開催されたライブ・エイドへと広がっていく。本書はそれから20年近く経ち、DVDが発売されたのに合わせ、当時を振り返りながらライヴ・エイドとは一体どういう意味があったのかを検証する内容となっている。

収録されている内容の中でも、『ミュージック・ライフ』誌1987年2月号に掲載されたボブ・ゲルドフのインタビューは特に印象深い。以下に抜粋しよう。

―「人を救う」と言うのは簡単なことですが実際に行動を起こすのは大変なことで、誰にでもできることではないと思いますが・・・・。

BG でもね、いざスタートしてしまえば、それほど大変なことじゃないよ。一番大切なのはスタートすることなんだ。あれもこれも考えるだけじゃなく、実際に始めることが大切なんだ。


何事かを実行するための核心を言っていると思う。思っているだけでは永遠に出来はしない。

人間にとって大切なことは2つあると思う。ひとつは「自分のやりたこいことをやること」もうひとつは「やらなくてはならないことをやること」だよ。僕にとって「やりたいこと」は「音楽」。そして「やらなくてはならないこと」は、人々や物事を少しでも良い方向へ向けるために努力することだ。僕は、このままこの2つのことを、やり続けていくだろう。

「やりたいこと」「やらなければならないこと」、それは人それぞれだと思うが、ゲルドフの言うとおり、どちらも大切なことだと思う。

日本人アーティスト・佐野元春のインタビューも印象深い。以下、佐野元春の発言

最初は自分の好きなミュージシャンが出演しているという興味から入っていったんだけれども、ライヴ・レコードを聴いたり、記録映画を観たりしているうちに、それだけではないことに気づいたんだ。ミュージシャンというのは、楽しい曲を書いたり、楽しい曲を歌ったりしているだけの気楽な人たちではなく、社会の不正に対して異議を申し立てたり、自分が正しいと信じるメッセージを発信したり、誰かをたすけるために行動したりする人たちでもあるのだ、ということを僕は知った。僕自身がミュージシャンになってからも、常にそうありたいと思ってきたし、いつも自分ができることをやってきたつもりです。

佐野元春が感じたことは、自分も過去のどこかで同じように感じたことだ。しかし本書を読んで思わざるおえないのは、佐野元春の発言とはうらはらに、政治的な発言がある種とタブーとなっている日本の音楽業界の貧困さというか、やはりずれた社会なんだろうな~と思わずにはいられなかった。どこがどうずれているのかは本書を読んで考えるべし。


| ジョン・レノンが殺された意味 | 23:59 | トラックバック:0コメント:0
ジョン・レノンが殺された意味(13) Wikipedia 日本語版の不可解な記述 2
(前回からの続き)

レノン殺害についてこれまで数冊の本を読んできたのだが、その後、改めてWikipedia 日本版の記述を見てみると、首を傾げざるおえないような記述が掲載されていることに気付く。以下がその不可解な箇所であり、いずれもマーク・チャップマンに関する説明だ。

1.”ハワイ・ホノルル出身”
2.”ボブ・ディランに対するストーキング行為”
3.”1975年のスタジオ・ライヴでは観客席にその姿を見せている”
4.”「マーク・チャップマンの単独殺害」として結論づけられている”

●参照元:Wikipedia 日本語版 ジョン・レノン-殺害

1について、チャップマンは当時ハワイに住んでいたが、ハワイには事件発生の年の3年前にあたる1977年から住み始めたのであり、出身地ではない。彼の生まれた場所はテキサス州であり、また、出身地ともいうべきなじみの土地はジョージア州アトランタだ。「ハワイ・ホノルル出身」という記述は事実誤認であろう。

2の「ボブ・ディランに対するストーキング行為」について、チャップマンの生きてきた軌跡を丹念に追ったジャック・ジョーンズの著書『ジョン・レノンを殺した男』、そしてCIA関与説として最も有名なフェントン・ブレスラーの著書『誰がジョン・レノンを殺したか』のどちらにも記載されてはいない。そのような事実が実際にあったのかどうかネットで調べてみたのだが、見つけることはできなかった。Wikipedia 英語版のレノン及びチャップマンに関する記述にも見つけることはできなかった。

●リンク:Wikipedia 英語版 マーク・チャップマン

米国で発生した事件にも関わらず、英語版のWikipedia にも書かれていないことが日本語版に書かれているということ自体、その記述の信憑性に首を傾げざるおえない。3についても同様だ。それらの事実があったとすればブレスラーやジョーンズはその著作で言及していることであろう。

もしかしたら2や3のような話は、過去に何らかの記事に掲載されていたのかもしれない。チャップマンについては、レノン殺害当時から、事実ではない多くの誤報がメディアを通して広まっていた。確認するすべはないが、2や3についてもそれらの誤報の一つではないかと思う。

1のような事実誤認や、2や3のような誤報と思われる情報については混乱した情報が精査されないまま残り続けた結果としてまだ釈明の余地はあるのかもしれない。しかし、”「マーク・チャップマンの単独殺害」として結論づけられている”というような4の記述については、たとえその後に”(しかしオノや息子ショーン、先妻との息子ジュリアンはそれを信用していないといわれている)”と記載されていたとしても、あまりに杜撰で不注意な記述と言わざるおえない。単に書いた人が勝手にそう結論づけているという解釈しかできないのだ。何故ならば単独殺害として結論づけられているという記述には主語がないのだ。一体誰が単独犯として結論づけたのか、驚くべきことに「誰」にあたる部分の記述がまったくないのだ。事実関係からしてもおかしい。チャップマンがレノンを殺害したのは1980年であり、チャップマンの裁判は翌年1981年に行われ、その刑が確定している。そしてCIA関与説でもっとも有名なフェントン・ブレスラーの著作が刊行されたのは1989年であり、裁判の後に数年経過して出版されているのである。ブレスラーのその見解に対して結論が出たなどという話は聞いたことがない。Wikipedia 日本語版の記述だと、ブレスラーの著作自体がこの世に存在していないような扱いなのだ。

同様にWikipedia 日本語版におけるマーク・チャップマンのページについても以下のように不可解で論理的とはいえない記述がされている。文章の前後関係を考えて読むと、文意がすり変わっていることに気づく。

”犯行当時、熱狂的なファンであると報じられ、世界的にその報道が定着してしまったが、さまざまな疑問が語られている。ジョン・F・ケネディ大統領に語られるような陰謀的暗殺説、CIAの関与した催眠術説などがあるが、現在は彼の単独犯行であると結論付けられた。”

●引用元:Wikipedia 日本語 マーク・チャップマン

では、英語版のWikipediaでは一体どう記述されているのか? ジョン・レノンのページについて当然のことながら、日本語版に記載されているような”単独犯行として結論づけられている”などという大きな反発と議論を呼ぶであろう記述はされてはいない。そこにはあくまでも事実が記載されているのみであり、日本語版に見られるような、顔の見えない誰かしらの不可解な見解などは掲載されてはいないのだ。

●リンク:Wikipedia 英語版 ジョン・レノン

そしてジャック・ジョーンズの著書を元にしていると思われる英語版のチャップマンのページでは、ブレスラーの説についても言及がされている。英語版のレノンのページについても、参考文献としてブレスラーの著作が掲載されている。


前回の話に関連することであるが、例えば「N郎♪」が自分のブログでレノン殺害にはCIAが絡んでいると結論付けた場合、それを読んだ人は「N郎♪」という人がそう考えていると理解するであろう。しかし、文責が誰か定かではなく、いかにも客観性を装っているように記述されているWikipediaについてはそういうわけにはいかないのだ。特に事実と顔の見えぬ誰かしらの見解が、ごちゃまぜに掲載されている日本語版Wikipediaについては要注意であり、参照する人は常にそのことに頭にいれておくべきだ。もちろんそのような記述を見つけたらWikipediaに反論を寄せたり、記述自体の修正をすればよいのだろう。しかし、それが出来る人はそれだけの時間がある人に限られている・・・・やはりおかしい。


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| ジョン・レノンが殺された意味 | 01:01 | トラックバック:0コメント:2
ジョン・レノンが殺された意味(12) Wikipedia 日本語版の不可解な記述 1
先日、静岡新聞の記者が宮沢元首相に関するエピソードをWikipedia より転用し、出展元を明らかにしなかったために謝罪したというニュースがあった。記者は転用したエピソードについて、広く世に知れわたっているエピソードだと思い込み、それが失敗の原因だったらしい。

ウラも取らず安直に記事を書いた静岡新聞の記者は論外としても、Wikipediaに書かれている内容を事実と思い込み、失敗するケースは多くあるようだ。米バーモント州のミドルベリー大学史学部では、Wikipediaからの引用を認めない措置を1月に決めた。日本史を学ぶ学生たちのテストの解答に、イエズス会が島原の乱を支援したという誤った回答が多く見られ、その情報元を探したところ、Wikipediaであることがわかったことがきっかけとなった。

Wikipedia、確かに便利ではあるが間違いも多い。「2ちゃんねる」であれば半分はガセネタと思って読むのだろうが、Wikipediaに関してはいかにも正しいことが書いてあるというような体裁のため、書いてあることが鵜呑みにされがちだ。そしてGoogleなどで固有名詞をキーワード検索をすると必ずWikipedeaがトップに登場してくることもあり、その間違いは広く世間に普及してしまうこととなる。

Wikipediaに書いてある間違いを2種類に分類すると、一つは単純なミスから来る間違いがある。書いた人のチェックが甘いとか、確認をしないまま書いているとかいうことなのだろう。具体的な例を挙げると、本ブログでも何度か感想を書いている「未来戦隊タイムレンジャー」について、第32話の脚本家の名前が間違っているというような類だ。Wikipediaには「小林靖子」と記載されているが、これは誤りであり「山口亮太」が正しい。その間違いに気付いたからよかったものの、気付かなければ間違った内容を元にして小林靖子やタイムレンジャーの感想を書いていたことだろう。

この類の間違いは迷惑ではあるが、シンプルでわかりやすくもある。しかしこういった単純なミスとは異なり、意図的な間違いや作為的な記述、またはそういった記述がWikipedeiaに転用され、さも事実のように掲載されていることについてはやっかいこの上ない。インターネットとはもともとそういう無責任な媒体であり、それがまた長所でもあるのだが、Wikipediaのように知名度とある程度の信憑性をもつようなサイトになると、新たな問題として考えなければならないのではないかと思う。

前置きはこのぐらいにして、本文の主題であるジョン・レノン殺害に関するWikipedia日本語版の記述について述べよう。その記述を読むと、これは一体どういうことだろうか?とか、そんな話聞いた事もないとかいうような記述がいくつかあることに気付く。ジョン・レノン殺害についてネットで調べようとしている人の多くはその記述を見ていることだろから、次回はその不可解な記述について言及することとする。

(この話つづく)

●リンク:Wikipedia 日本語版 ジョン・レノン-殺害


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| ジョン・レノンが殺された意味 | 23:02 | トラックバック:0コメント:0
ジョン・レノンが殺された意味(11) 自粛された「イマジン」
9.11当時、米国最大規模のラジオネット『クリア・チャンネル・ラジオ』はジョン・レノンの代表曲「イマジン」を放送自粛曲リストに掲載した。150曲にも及ぶその自粛曲リストは、発表したのと同じ日に破棄されたが、「国民を刺激しないため」というのが大義名分であった・・・。

この記事を読み、さもありなんと思いながら「イマジン」以外の自粛曲を調べてみたのだが・・・驚くべきことに、多くの洋楽ロックファンが知っている有名曲やアーティストの曲がずらりと並んでいるではないか。例えばレッド・ツェッペリンの「天国への階段」、ドアーズの「THE END」、ボブ・ディランの「Knockin' on Heaven's Door」(ガンズ・アンド・ローゼスのカヴァー版も含む)、ジミーヘンドリックスの「Hey Joe」、ストーンズの「Ruby Tuesday」、そしてサイモン・アンド・ガーファンクルの「明日へ架ける橋」・・・・もうメチャクチャだ。自粛曲リストを眺めたなら、全ての洋楽ファンは怒りの声を挙げることだろう。

●リンク:米国同時多発テロで放送禁止になった音楽リスト

レノンの「イマジン」のような国粋主義に反する政治的な曲が自粛されるのは意味がわからなくもない。が、サイモン・アンド・ガーファンクルの「明日へ架ける橋」のような勇気と希望を感動的に歌い上げた曲まで自粛リストに掲載されるとは・・・。これはつまり国家的な非常事態となった場合、言論の自由も表現の自由も、保守的などこかの誰かによって好き勝手に規制させられてしまうということを意味している。ロックを限りなく愛する音楽ファンは、自分らの楽しみが言論の自由と表現の自由の上に成り立っているということをよく理解すべきだ。ロックとはもともと反体制・反保守なスタンスから出発している音楽であり、ロックを愛するならば、言論の自由と表現の自由に対しても敏感であるべきなのだ。

「明日へ架ける橋」の自粛については以下のブログが詳しい
●リンク:多分、オトナです。 「奪ったのはテロリストか、政府か。」

自粛曲リストを注意深く見ると、唯一全曲が放送禁止に挙げられたアーティストがいることに気付く。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンだ。実は90年代後半、自分もレイジが大好きで、バンドでコピー演奏したこともあった。ツェッペリンに連なる完璧なハード・ロックの音楽性を持ちながら、マルコムXやムミア・アブ・ジャマールをジャケットに掲げるバンドの姿勢に、米国にはスゲーバンドがあるな~と思っていた。マイケル・ムーアの映画を観て、その表現を許容する米国の寛容さに驚いたというような意見をよく見かけるが、レイジの音楽は『華氏911』どころではない。・・・しかし9.11を境としてレイジはバンドとして不幸な時代を迎えることとなる。レイジについては別の機会にまた書くこととしよう。

「イマジン」に話を戻すが、1991年のいわゆる湾岸戦争当時も、この曲は英国BBCの自粛曲となった(67曲の中の1曲)。自粛期間は湾岸戦争開戦から戦争終結までにも及び、戦争を遂行したがる側がいかにこれらの曲を恐れていたかがわかる。9.11の場合に注目すべきは、「イマジン」が自粛されたということが逆に世界の注目を集める結果となり、そのような自粛ムードを打ち破るかのように、米国4大ネットワークによる犠牲者追悼チャリティ番組でニール・ヤングがこの曲を歌ったということだ。2006年のトリノオリンピック開会式ではピーター・ガブリエルが熱唱し、同じ年の紅白歌合戦では布施明も歌っている。

たった数分の音楽、30行に満たないこの歌詞が、平和を願う世界の人々に対してどれだけの可能性と力を与えたことか・・・この曲を想起するたびに、世界共通語としての音楽のもつ計り知れないパワーを感じずにはいられないのだ。


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| ジョン・レノンが殺された意味 | 02:06 | トラックバック:1コメント:0
ジョン・レノンが殺された意味(10)
(ジャック・ジョーンズ著『ジョン・レノンを殺した男』 前回からの続き)

チャップマンの生きてきた軌跡を描いた本書の中で、最も衝撃を受けたのは CHAPTER25「ファン・レター」だ。その章の中では、服役中のチャップマンに対し、世界中の何千というレノンファンから送られてきた手紙の一部が紹介されている。その一つ一つが興味深い。これでもかこれでもかという表現を使い、チャップマンのことを最低最悪の人間と罵る手紙もあれば、刑を終えて出獄してきた暁にはチャップマンは殺されるであろうことを示唆し続ける手紙などなど。そんな中でも最も興味深かったのは旧ソ連で育ったレノンファンの女性の手紙だ。旧共産圏であっても、レノンにはその死を悲しみ自殺まで考えたファンが数多くいたという。その歌が国境を越えて多くの人に愛された証明ではないだろうか。あらためてその作品の超越したクオリティー、影響力には驚異を覚えざるおえない。彼が20世紀最大の芸術家の一人であることは間違いなく、音楽の可能性を社会的影響力にまで広げたその功績は計り知れないものがあると思う。

チャップマンは獄中の彼に宛てられた手紙を、その内容によって分類しているという。レノンファンからの非難の手紙もあれば、レノン殺害の動機を聞き出そうとする手紙、単にサインをねだる手紙、その影響力を借りて募金を集めようとする赤十字の手紙もあり、そしてまたレノン殺害の行為を賞賛する手紙もあるという。チャップマンは、レノン殺害を非難する手紙については理解できるが、犯行を賞賛するような手紙や彼の影響力を使って募金を集めようというような手紙に対しては、社会が病んでいるとコメントをしている。そのようなコメントを読む限り、チャップマンの判断能力は正常ではないかと思うのだ。

著者はチャップマンの人生を取り上げることによって、彼も同じ一人の人間であるということを読者に提示してる。フェントン・ブレスラーなどによるCIAマインドコントロール説が正しいとするなら、チャップマンも実はレノンと同じ被害者ということになるのだ。かわいそうな人としてチャップマンに対し同情の念を感じずにはいられなかった。

本書の最期にはチャップマンが獄中で書いた文学小説が掲載されている。その小説には、獄中でつながれたキリストと、そのキリストと会話し、信じたことにより処罰されることとなった主人公の悲しい物語が描かれている。その物語を読むにつけ、チャップマン、そしてその家族のことを思うと胸が痛まずにはいられない。チャップマンは感受性の強い人間であった。彼がレノンを殺害せねばならず、そして自ら悲劇の主人公となっていく様子には、現代社会の底知れぬ闇と理不尽さを感じずにはいられないのだ。

 この本については感想はおわり

(この話、つづく)




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| ジョン・レノンが殺された意味 | 23:00 | トラックバック:0コメント:0
ジョン・レノンが殺された意味(9)
(ジャック・ジョーンズ著『ジョン・レノンを殺した男』 前回からの続き)

事件を起こした当時について、チャップマンは”(自分自身が)まるで暴走列車で止めようがなかった”とか、”何者かになりかった”とか、”自分の中の「子供」の叫び声が大きくなって必死でやめさせようとした「大人」は姿をくらました”とか、内面の分裂状態について述べている。期間的にも、資金的にも、簡単には実行できないであろう計画的犯行でありながらこの内面の矛盾は一体どう説明すればいいのだろうか?

さらに驚くべきことに、裁判開始後、事件を起こした動機は、サリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて』を多くの人に読んでもらいたいからという理由に変わってしまうのだ。

ホノルル市立図書館で火が点いたレノンに対する憎悪という動機は一体どこへ行ってしまったのだろうか? 本当にレノンを憎悪し、確信犯的に犯行を犯したとすれば、逮捕後も、そして裁判が始まってからも、レノンの「偽善者」ぶりについて世に訴え、自分の行為を正当化するはずではないだろうか?・・・しかし憎悪どころか犯行当日に彼は、レノンからアルバム「ダブル・ファンタジー」にサインをもらい、嬉しさのあまりそのままハワイへ帰ってしまおうかと考えたほどなのだ。さらにチャップマンは、著者に対するインタビューの中で、レノン殺害については間違ったことであるとも認識しており、刑に服している間チャップマンを英雄視して送られてくる手紙に対し、情けないものを感じるとも述べているのだ。

このようにチャップマンの犯行の動機について、整合性のある動機が何一つ存在していないことから、精神学的なものを含め、裁判の過程でさまざまな説が提示されることとなった。それらの説は真相を究明する目的というより、裁判を進めるために生み出されたものであり、事実関係を誤ったまま述べられているものも多く、今なおウソや誤解が定着してしまっている元凶ともなっている。

チャップマンの証言を素直に解釈するなら、彼の内面には、レノンを殺したくはない自分と、レノンを殺さなければならなくなった自分の二つが存在していたことととなり、彼はその葛藤で揺れていたのだ。・・・依然として究明されていないその動機、そして米国の闇の歴史とレノンを消すことによってもたらされる「社会的効果」を考え併せた時、フェントン・ブレスラーの説のようにCIAによってマインドコントールされた結果という説もあながち外れてはいないように思えるのだ。そうとでも言わなければ、チャップマンのモチベーションについて、まったく説明がつけられない。これだけは確信を持って言えることは、少なくともチャップマンが事件を起こした背景には、なんらかの組織なり団体なりが関与していたことは間違いなく、それがCIAなのかどうなのかまではわからないが、矛盾に満ちたチャップマンの証言、犯行までの資金的側面を考えれば、単独犯行ではないことは明らかであろう。

(この本の感想について話は続く)


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| ジョン・レノンが殺された意味 | 23:00 | トラックバック:0コメント:0
ジョン・レノンが殺された意味(8)
ジョン・レノンを殺した男ジョン・レノンを殺した男
(1995/11)
ジャック ジョーンズ

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(前回からの続き)

このノンフィクションは、ジョン・レノン殺害の罪でアッティカ刑務所に服役しているマーク・チャップマンに対し、200時間を超えるインタビューを行い、加えてチャップマン夫人や関係者の証言をもとにして、レノン暗殺までのチャップマンの道のりを再現し、さらに服役中の彼について書かれたものだ。刊行は1992年とされている。

前述したフェントン・ブレスラーの『誰がジョン・レノンを殺したか?』などとは異なり、レノン殺害に関するCIAやFBIの関与については一切記載されてはいない。タイトルにあるとおり、本書の主役はあくまでチャップマンであり、彼の視点による犯行前後の状況、子供時代から歩んできた道のり、そして服役中の様子を描くことが目的となっている。この物語の中では、ジョン・レノンはあくまでも脇役に過ぎない。

では、そんなチャップマンの物語の中でレノン殺害の動機は一体どう描かれているのだろうか? その点に注目して本書を読み進めていったのだが・・・

レノンが殺害された1980年、ハワイでレノン殺害の計画を立てるまで、チャップマンの人生の中にレノンの名前が出てくることはほとんどなかった。子供時代に『ミート・ザ・ビートルズ』のアルバムを聴きながら、想像の産物である”リトル・ピープル”と楽しんだとか、「イマジン」の歌詞を変えて ”想像してみろ、ジョン・レノンが死んだならと”と替え歌を歌ったとかいう(かなり胡散臭い)エピソードぐらいではないだろうか。

そんなチャップマンが何故レノン殺害計画を立てるようになったのか・・・動機となりそうな話は1980年のホノルル市立図書館でのエピソードの中で突然登場してくる。当時何を探すでもなく図書館の本をランダムに読んでいたというチャップマンは、たまたまアンソニー・フォーセットの『愛と芸術 革命家ジョン・レノン』を手にしたという。その本を読み、「財産などないと想像してみろ」と歌っておきながら大金持ちの暮らしをしているレノンに対し、「いんちき(フォーニー)」として激しい憎しみを覚えたというのだ。

取って付けたようなエピソードが突然登場してくるわけだが、「いんちき(フォーニー)」と呼ばれる人は世に五万といるであろうが、何故憎しみの対象がジョン・レノンに特化されなければならなかったのか・・・その部分について辻褄の合う話はどこにも書かれていない。レノンの音楽に傾倒するあまり人生を狂わされてしまったというような具体的な事例が書かれているならまだしも、それどころかレノンのソロ時代のアルバムについてはどうやらその図書館で初めて聴いたような記述すらされているのだ(278P)。

つまり、1980年にホノルル市立図書館に行くまでレノンについて無知であったチャップマンが、レノンのことを「ぼくにとっては反体制の人であり、カウンターカルチャーの人であり、英雄だった人」と証言するのは余りにも矛盾に満ちている。逆の視点で見れば、この期間に、何らかの力によってレノンへの憎しみを植え付けられたとも見えるのだ。

チャップマンが「いんちき(フォーニー)」と感じた人であるなら、殺害の対象は誰でもよかったようにも思える。しかしその対象はあくまでもレノンであった。彼はそのために、妻を残し、母を残し、一人ハワイから飛行機に乗った。ニューヨークで弾丸が手に入らなかったことからアトランタまで出向き、再びニューヨークへ戻ったがそのままハワイへ帰ることとなる。そして執念深くも再びハワイからニューヨークへ出向き、ホテルに滞在し、根気強く何時間もレノンを待ち続け、その計画を果たすこととなった。・・・その動機から考えるにあまりに馬鹿げた話ではないか。

(この本の感想について話は続く)




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| ジョン・レノンが殺された意味 | 23:17 | トラックバック:0コメント:0
ジョン・レノンが殺された意味(7)
ジョン・レノン暗殺―アメリカの狂気に殺された男ジョン・レノン暗殺―アメリカの狂気に殺された男
(2004/12)
フィル ストロングマンアラン パーカー

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(前回からの続き)

前回書いたように、ジョン・レノン暗殺について2冊目の本を読み終えた。本書は日本題のタイトルにあるように、米国の「狂気」の現代史をつづるとともに、ビートルズ、そしてジョン・レノンの軌跡を時系列に従って追っていたものである。その中でもジョン・F・ケネディ暗殺、ロバート・F・ケネディ暗殺については、ジョン・レノン暗殺につながるエポック的な事件として、ストーリーの軸に据えられている。

前回紹介したように、この本は米国の現代史を解説することによって、フェントン・ブレスラー著『誰がジョン・レノンを殺したか?』を補完するような内容となっている。著者はジョン・レノン暗殺を・・・”CIAのMKウルトラという高度な戦略を完成させる最期の事件”・・・と仮説を立てている。MKウルトラとは1950年代に始まったCIAによるマインドコントロールの実験であり、そのような実験が実際に成され、犠牲者も出ていることは公式な記録として残っている。(以下参考サイト例)

●リンク:Wikipedia「Project MKULTRA」

ロバート・F・ケネディ暗殺の犯人とされたサーハン・べシャラ・サーハンはマインドコントロールをかけられていた・・・など、本書は米国の影の歴史に免疫がない者にとってはかなり衝撃的な内容となっていると思うのだが、その中でも、自分が最も衝撃を受けたのはマインドコントロールに関する以下の記述であった。

1994年、メキシコの大統領候補コロシオが、”一匹狼”のアブルトという男に暗殺された。アブルトは、コロシオが自分に近づいて来るまで、彼を殺したいとは思わなかったと供述し、自分の心の中からコロシオを撃てと命令する声が聞こえたとも言った。警察署長は、アブルトが自分の自由意志だけで行動したはずはないと確信した。さらに、その日のガンマンはアブルトだけではなかったはずだと考えた。ところがアブルトが何者かに銃殺されて、警察の捜査は行き詰まった。メキシコ政府の公式調査委員会は、おそらくマインド・コントロールの専門家と共謀した暗殺者がコロシオを暗殺したと結論づけた。この殺人は陰謀によるものであり、この陰謀を強力に支援する存在があるようだが、メキシコ警察は真相を追究できないでいると報告した。

CIAのような諜報機関がマインドコントロールについて実験を重ねるというのは容易に想像がつくことではあるのだが、しかしメキシコとは言え、実際にマインドコントロールによって要人が殺害されたという、政府の公式記録があるというのには少なからず驚いた。マインドコントロールによる暗殺事件・・・何か突拍子もないことのように思えるが、突拍子もなく思うのは単にそう思う人が世界の現代史について無知であるからだ・・どうやら我々はそんなふうに言わざるおえないような状況の中で生きているのかもしれない。

(この話続く)




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| ジョン・レノンが殺された意味 | 22:30 | トラックバック:0コメント:0
ジョン・レノンが殺された意味(6)
(前回からの続き)

ジョン・レノン暗殺に関する2冊目の本を読み終えた。フィル・ストロングマン&アラン・パーカー著、小山景子訳の『ジョン・レノン暗殺―アメリカの狂気に殺された男』だ。ジョン・F・ケネディ暗殺やロバート・F・ケネディ暗殺についての様々な矛盾点、暗殺と米国保守権力との関わり、そしてまたベトナム戦争でのソンミ虐殺事件、エルサルバドルでのアメリカ人修道女虐殺事件など、米国現代史における負の事件とその背景を指摘していった怒りの告発本ともいうべき内容だった。かなり興味深い内容で、米国の現代史について、よく理解することが出来た。詳細はこのシリーズの次回書くこととしよう。

『ジョン・レノン暗殺―アメリカの狂気に殺された男』の序章では、この著作が前に紹介したフェントン・ブレスラー著『誰がジョン・レノンを殺したか?』に負うところが大きいと記述され、米国の近現代史を解説することでフェントン・ブレスラーの著作を補足するような意味あいもあったのではないかと思われる。最期の章では『誰がジョン・レノンを殺したか?』の反響として、次のような記述がされている。

ジョン・F・ケネディ、キング牧師、ロバート・F・ケネディ、ジョン・レノン、彼らはみんな名誉を傷つけられている。死人に口なしと言われるとおり、彼らが誰かを告訴することはもうできない以上、これほど無防備で狙いやすい標的もないだろう。我々は、汚いやり口の”暴露証言”にまんまと乗せられないよう用心すべきだし、暴露の仮面をかぶった卑劣な攻撃について、その情報源を徹底的に追求すべきだ。例えばイギリスでは、レノンの死とアメリカ情報関連機関とのつながりを初めて正面から論じた著作としてフェントン・ブレスラーの『誰がジョン・レノンを殺したか?』が出版された時、評論家のマイルズ・コープランドが大手新聞に、この本を目茶苦茶にこき下ろす記事を載せた。しかし、コープランドの父親がCIAの共同設立者の一人だったという重要な事実は、もちろんこの記事には一言も書かれていない。


以前、佐野眞一著『東電OL殺人事件』の書評を書いた際にも指摘したが、フィル・ストロングマンが強調しているように、権力機関に関わる調査報道やノンフィクションに対する誹謗中傷を見たならば、その背景を注意深く考える必要がある。

・・・その『誰がジョン・レノンを殺したか?』について、最期までジョン・レノン暗殺にCIAが関与していたという直接的な証拠が提示されることはなかった。しかしジョン・レノンを殺したチャップマンについて、ビートルズマニアでも、ジョン・レノンマニアでもなかったこと、一匹オオカミでも精神的な異常者でもないということ、殺人の動機について説得力ある動機が何一つ提示されていないこと、ジョン・レノンを殺すまでのチャップマンの軌跡には、中東のベイルートに滞在して何らかの体験をしたり、共産圏を含めた世界一周の旅に出たりと、資金的な面を含めていくつもの不可解な点があるということ、そしてジョンを殺すため、わざわざハワイから飛行機に乗って二回もニューヨークへ来ており、二回目にニューヨークへ向かう際、シカゴに滞在したことが隠蔽されていたことなど、これまで世間一般に広まっていた諸説を否定する事実が記載されていた。

フェントン・ブレスラーは、チャップマンによるジョン・レノンの暗殺はCIAによるマインド・コントロールの結果ではなかったかと世に訴えたわけだが、その説は何も突拍子なく驚くような話ではないということを、いろいろ調べていくうちに知ることとなった。次回は『ジョン・レノン暗殺―アメリカの狂気に殺された男』を中心に、それについて書く。

関連記事
●ジョン・レノンが殺された意味(3)/フェントン・ブレスラー著『誰がジョン・レノンを殺したか?』
●佐野眞一『東電OL殺人事件』(1)

(この話続く)



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ジョン・レノンが殺された意味(5)
(前回からの続き)

このDVD、曲順を知らずに観ていたのだが、ラスト2曲(「Happy Xmas(War Is Over)」「Give Peace A Chance」)に選ばれた曲によって、制作側が意図しているところを理解した。そしてまたそれは「ジョン・レノンが殺された意味」を理解することでもあった。

未見の人は是非以下の公式サイトを参照していただきたい。DVD収録内容のサンプル映像を見ることが出来る。

●リンク:LENNON LEGEND 公式サイト

※サンプル映像はトップページの[ENTER]ボタンでFLASHのメニューを表示させ、その中から[THE DVD]を選択し、さらに[VIDEO PREVIEWS]を選択することで各曲のサンプル映像につながるリンク [High / Low] を表示することが出来る。


サンプル曲のトップには「Happy Xmas(War Is Over)」が掲載されていた。その映像を一番見てもらいたいと制作側が意図しているということだと思う。

イラク戦争が泥沼化し、犠牲者が増え続ける中、オノ・ヨーコ、そしてジョンレノンとともにベトナム反戦運動に関わった人たちは「ジョンが生きていれば・・・」そう思ったに違いない。ジョンが生きていれば間違いなくイラクから軍隊を撤退するよう行動を起こし、音楽を作り、街頭に出たことだろう。それはもう叶うことのない夢であった・・・。しかしオノ・ヨーコ、そしてジョン・レノンの願いを受け継いでいった人たちはこのDVDによって、その叶うことのない夢を少しでも現実に近づけようとしたのではないかと思う。DVD収録の最期の曲「Give Peace A Chance」では、ベトナム戦争当時、街頭で反戦デモをする市民、そして学生たちの抗議集会、ニューヨークでも、ロスでも、シカゴでも、全米のいたるところで巻き起こった反戦デモの映像が取り上げられていた。そしてその先頭で「Give Peace A Chance」を歌うジョン・レノンとオノ・ヨーコ。その映像を見ながら、「ああ~ジョン・レノンが殺された意味ってそういうことだったんだな~」と理解した・・・。

(この話続く)

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ジョン・レノンが殺された意味(4)
このDVDを観て、「ジョン・レノンが殺された意味」をリアルに認識することとなった・・・

レノン・レジェンド ~ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン レノン・レジェンド ~ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン
ジョン・レノン (2003/10/29)
東芝EMI

詳細

(前回からの続き)
特に意識して借りたわけではなく、期待もしていなかったため、このDVDを先週レンタルショップから借りていたことをすっかり忘れていて、返す直前になって観た。しかし、予想に反してかなり興味深く、衝撃的な内容であった。(例によってアマゾンのレビューは日本のサイトではなく、USのサイトを参照していただきたい。)

2003年に発売され、ジョンレノンの代表曲を並べた映像作品であるが、ジョン・レノンの生前の姿にはやはり感慨深いものを感じざるおえなかった。自分がジョン・レノンの曲の中で一番好きな曲は「マインド・ゲーム」なのだが、その曲の映像に使われていたジョンのコミカルなダンスを観て、彼が死んでしまったことにはじめて悲しみを覚えた。自分の中でのジョン・レノンは、最初から既に殺されてしまった人であり、もっと世代が上の人たちのように、リアルタイムでビートルズやベトナム反戦運動、そしてジョン・レノンの死を体験してきたわけではなかったからだ。

イマジネーションあふれ、どこかノスタルジックでもある「マインド・ゲーム」をBGMに、野外ステージで一人でコミカルなダンスをするジョン。その姿を見て、ああ~、彼は多くの人に本当に愛され、ウィットに富んだスターだったんだな~と思わずにはいられなかった。それは哲学的な姿でもなく、反戦運動のリーダー的姿ででもなく、気難しい芸術家の姿でもなく、型にはまったミュージシャンの姿でもなく・・・観衆を楽しませようとする茶目っ気たっぷりなポップスターとして、何か驚くようなことをやってくれそうな庶民の期待の星として、あれだけ多くの人たちに愛されたのだとはじめて理解した。それゆえに彼が殺されてしまったという事実に泣けてきた。

しかしこのDVDを最期まで観て、やはり彼が殺されなければならなかった理由がよくわかった。それと同時に「ジョン・レノンが殺された意味」を大きなリアリティーを持って認識することとなるのだ・・・。

(この話続く)


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ジョン・レノンが殺された意味(3)
(前回からの続き)
ジョン・レノンの死に関することをもっと詳しく知りたい・・・そう思ってまず読み始めたのがこの本だ。

誰がジョン・レノンを殺したか?誰がジョン・レノンを殺したか?
(1990/10)
フェントン ブレスラー

詳細を見る

日本のアマゾン・コムのレビューではまともなレビューがなかったので、米国アマゾン・コムを観てみると、さすがに日本とは異なり、数多くのレビューが掲載してあった。レビューは米国のアマゾン参照していただきたい(英語であるが)。
●Amazon.com / 「Who Killed John Lennon?」 by Fenton Bresler

この本を読んでいて興味深いところは、1980年にジョン・レノンが暗殺されるまでの数ヶ月の動き、共和党のレーガンが大統領に就任したこと、数年に渡る音楽活動停止から復活し、気力に満ちたジョンレノンが再びアルバムを出したことなど、なぜ事件が1980年12月に起こらなければならなかったのか、先に挙げた動きとの連動を想起させるところだ。

また、筆者は事件の犯人であるマーク・チャップマンについて、ジョン・レノンの熱心なファンでもなければ、マークがジョン・レノンだと思い込んでいた異常者でもなかったという事実を提示している。マークは何故ジョン・レノンを殺害しなければならなかったのか・・・その背景を探るのがこの本の主題であり、そのことについて筆者はマインド・コントロールの成果ではなかったかとの説を唱えている。まだ途中までしか読んでいないが、綿密な取材を行い、世間に流布されているこの事件に関するさまざまな誤りを一つ一つ指摘していく筆者の主張には説得力がある。ジョン・レノンが早い時期からFBIの監視対象となっていたことは周知の事実であり、彼のような主張と影響力を持った者であるならば米国では当然のごとく監視対象となることだろう。筆者はCIAの暗躍を示唆しているが、後半部でその裏付けがなされていくのだろうか?

(この話続く)

●この本に関する追伸記事




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| ジョン・レノンが殺された意味 | 23:59 | トラックバック:0コメント:0
ジョン・レノンが殺された意味(2)
(前回からの続き)

アメリカ史の中の暗殺事件、直ぐに思いつくのはJ・F・ケネディ、マルコムX、キング牧師・・・。彼らが標榜したものは政治的公正、社会的正義、人種差別撤廃、白人至上主義への対抗など・・・彼ら自身がその象徴であり、その一方でいわゆる「リベラル」とは逆の立場に位置する人たちの暗殺事件があまり思い浮かんでこないことを考えると、このバランスの悪さが単なる偶然ではないことは自明のことだと思う。さらに、先に挙げた暗殺事件のいずれもが、CIAやFBIの関与が噂されながら、真相がはっきりとはしていないのだ。

権力機構の謀略について、一般市民が想像もつかないようなことが日常茶飯事に行われているということは古今東西どこの国でも同じだろう。謀略を軽視したような論評は、単に表面的に提示されている事象を判断しているだけのことでしかなく、謀略があるところでは逆に表面的に提示された事象自体が意図されたものであり、逆の意味を持ちうるという認識が欠落している。事実に対して意図的な捏造を単純に提示するだけで、事実と虚飾とは同等に扱われ、事実の信憑性は理不尽にも半減してしまうというあまりにもシンプルなトリックがあるということを我々はよく認識すべきだ。大量破壊兵器が存在しているというイラク戦争の大義名分も実は捏造であった・・・注意深くニュースを追っていればそんな風説が堂々とマスコミで流されているという事実、意図された情報操作に気付くことであろう。それが「普通」なのだ。

ジョン・レノンの暗殺についても、犯人はジョン・レノンの熱狂的なファンであったとかいうような説が流れているが、それが事実に反することであるにも関わらず、流布された風説は今だに多くの人の固定観念に座り続けていたりする。

ジョン・レノンを殺害しなければならない・・そう犯人が確信していたことは分かる。では何故、殺害の対象がジョン・レノンでなければならなかったのか・・・その部分についてまったく「闇」の中と言ってよい。超大国アメリカには世界的な有名人はいくらでもいる(いた)だろうし、本当の意味での偽善者もいくらでもいる(いた)ことだろう。・・・しかし敢えてジョン・レノンは対象に選ばれた。ドラッグなどで命を落としたミュージシャンは数多くいるが、暗殺されたミュージシャンをどれだけ挙げることが出来るだろうか?そこには政治的な意図を持った明確な意志が存在していたと考えるほうが自然だと思うのだ・・・。

(この話続く)

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ジョン・レノンが殺された意味(1)
ジョン・レノン・・・あまりに有名なロック・アーティストであり、今さら何を書くのかと思うだろうが、今、自分はジョン・レノンについて書かなければと強く思っている。

ビートルズを創ったロッカーであり、「イマジン」を代表とする音楽によって、オノ・ヨーコと共に世界中の人々に平和へのメッセージを送った彼であるが、ビートルズやその楽曲についてはよく知っていたとしても、我々はその死について一体どれだけのことを知っているのだろうか?・・・1980年12月8日に一人の男によって射殺された事実は知っているだろう、しかしなぜ彼が殺されなければならなかったのか?、その「死」によって一体何がもたらされ、そこにどんな意味があったのか?・・・自分自身、漠然としたことは考えたことはあったが、今のようにそのことを深く考察してみようと考えたことはなかった。10年ほど前にジョン・レノン暗殺の特集を組んだ雑誌を買って読んだことがあるが、犯人の動機については諸説あるといった程度のことしか書いておらず、それによって興味が半減したような記憶がある。

しかし、アメリカという国の歴史や事件をリアルタイムで目撃し、より知るようになった今・・・例えば9・11の事件について様々な疑問が提示されているという事実を考え併せた時、あらためてジョン・レノンが殺された意味を考えると、そこには決して偶然ではない様々な「闇」が横たわっていることに気付く。


何故今ジョン・レノンなのか?・・・自分自身に問いかけてみた。昨年ボブ・ディランを描いたドキュメンタリー映画『ノー・ディレクション・ホーム』を観たことも遠くはない要因だ。その映画を観て少なからず衝撃を受けた。ウディー・ガスリーのこと、公民権運動のこと・・・これまでボブ・ディランに抱いていた漠然としたイメージは、リアルな実像として強烈に脳裏に焼きつくこととなった。

●過去ログ:カウントダウン2006(映画編)/ボブ・ディラン「ノー・ディレクション・ホーム」

そんな流れの中、ジョン・レノンについて、自己の中で再評価してみようという気持ちになったのは自然なことだと思う。

(この話続く)


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秋葉原秋田犬、越谷アビーロード他、都内、埼玉のライブハウスにてソロライブ展開中。他にロックバンド・アウフヘーベンのボーカリストとして活動。レギューラー番組、ぷち FM897 すみだリヴァー 毎週木曜 22:00~『N郎♪ ON AIR ラベンダーな夜』
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